I need to be in love - 2/5

 ※フーゴの過去は、アニメオリジナル準拠です。

 【アレックス視点】

  昨夜のことを思い出すと、スタンドを解く気になれなかった。いつものリストランテで待機するわたし――俺に、皆何か言いたげだったが、見ない振りをしてしまった。そして、あの人と顔を合わせることを恐れていた。ようやく待ち人のフーゴが姿を現すと、早々に席を立ってリストランテを出た。

フーゴとはスタンドの相性がそう良いとは言えなくて、ほとんど一緒に組んだことはない。

 何より、女性だと明かしてから一番頑ななのは彼で、正直今日もどうしていいか戸惑っていた。でも、昨日みたいに代わって貰うのも違う気がした。だから、これで良い、前に進むのだと自分を奮起させるように溜め息を付いていた。

 「そんなに気合いの要ることですか。僕と組むのは」

  溜め息に勘づかれたらしい。立ち止まって呆れた顔をする。

 「ええ。貴方の信頼は、まだまだ取り戻せていないようですから」
「当然だろ」

 フーゴはそう言い捨てると、行くぞと顎で指し示した。

 「嫌なら、君のガードマンに代わって貰えば良かったんですよ」

  フーゴは俺の前を歩きながら、こちらは見ずに吐き捨てるように言う。

 「ガードマンじゃあありません」
「否定できてないじゃあないか。誰の事かも言っていないぜ」
「何でもありません」

再び歩みを止めた彼に合わせて立ち止まる。

 「どこが? 君が女性の疑いが出た頃から、すっかり様子がおかしいじゃあないか」

  そこでフーゴは振り向いて、やっとこっちを見た。

 「君がスタンド攻撃を受けた、あの日からは特にそうだ。

 いつも君の傍で君を見つめている。何かあると手を差し伸べる。雑誌を読んだり、音楽を聴いたりしているように見えて、いつも君が帰って来るのを待っている。アバッキオはもっとドライだったはずだ」

 それは自分も思っていた。

 後日、ジョルノからもあの日の顛末を聞き驚いた。麻薬取引をしていた元写真家の男は、俺をスタンドで写真に変えた後、あっさりとふたりに取っ捕まえられた。それで解決で良かったはずだった。誰もが知る彼ならば。

 だが、回帰のためとはいえ故意に写真を傷付けたジョルノを彼は叱責し、なかなか戻らないことに焦りつつも、俺――わたしの意志の強さを信じていたというのは、驚愕の事実だった。

 「フーゴ。俺が正体を隠し通せなかったのは、俺の甘さです。嘘をつき通すには、何かを隠していること自体も感付かれてはならなかった……でも」

  アバッキオが言っていたのは、きっとこういう事だ。それでも、聡いフーゴの信頼が得られるかは分からない。

 「耐えられないんだ。女として見くびられることも、こうやっていざこざを生むことも……。

それから……欲望の対象として見られることも」

  フーゴの瞳が不意に揺れた気がした。昨日、アバッキオには言えなかったことを、その瞳を見て、話そうと思えた。あの人のような、無垢なものをくるむような目ではない。

 「女として生きていくなら、別に生き方があったと思う。でも俺にはできない。気持ち悪くて……仕方がなかったんだ。もうここでしか、生きていけない」
「それ以上言うな」

フーゴは伏し目がちになったと思うと、踵を返して、歩き出した。

 「今の貴女の言うことだって、まだ信じたわけじゃあありませんから」

  行きましょうと言って、仕事に向かうフーゴに、俺は続いた。この日は何とか、ふたりの任務を乗り切った。

 * * *

  久々のスタンド出しっぱなしには疲れを感じたが、数日すれば前の勘を取り戻してきた。

 「あーあー、勿体ねぇなァ。せっかくのベッラなのによォ」

  どこかピリピリした俺の隣に座ったのは、ミスタだ。

 「なんだァ? アバッキオの奴に襲われでもしたのかよ?」

  思わず彼の足を蹴飛ばしてしまった。しかし、イデッと叫びながらも、彼はニヤついている。これでは彼の思うツボだ。まんまと引っ掛かってしまった。ただ、アバッキオは突然家を訪ねて来ただけで、本当に何も無いのだが。

「それとも? フーゴの奴に乗り換えたのか? あんなに険悪だったのが嘘じゃあないか」

これには黙っていた。自分が一番……いや、フーゴ以外の誰もが面喰らったことだったからだ。

共に仕事をした日、口では信じられないと言った彼だった。しかし、それから何かとアバッキオを牽制してくれるようになったのも彼だった。

 「子どものお遣いじゃあないんですから、“彼”ひとりで行けますよ。

 それとも、“彼”にわざわざ“ガードマン”を付けるって言うんですか?」

  任務の打ち合わせをしていた際、フーゴはそう言った。それはこの間、男を紹介しようとしたらしい、あの店の仕事だった。わざとらしい言い方に、ナランチャがどうしたって言うんだよ、と不安げに尋ねたほどだ。フーゴはそれを無視して、ブチャラティに構いませんねと問う。

 「分かった。しかし、茶化され続けるようなら仕事にならねぇからな。何かあったら言うんだ、アレックス」

  結局、それで話は終わった。そして、これからその店に行こうとしている。

 「まあ、あんまり心配させてやるなよ」

 黙って頷くと、席を立った。

 * * *

  店主はしつこかった。店に来るなり、この店に出入りしている男を紹介してきた。俺はそういうんじゃあないと言っても聞く耳を持たない。

 「分かってるんですよ…貴方の雰囲気。ネコなんでしょう?」

 両手を揉み合わせてニヤニヤ笑う店主と、隣からジロジロ見てくる男に、虫酸が走る。

 「悪ィな。俺は、男にも女にも興味がねェんだ…」
「それは、お兄さんがイイ経験してないからですよ…ここはぜひ…」
「それに、今日はこの後行くトコがあるんだ。ホンット悪ィな」

  元々今日はカネを受け取るだけだったんだ、このままトンズラだ、そう思った時だった。

 「待ちな。次はねェって言ったよな」

  背後から、ドスの効いたあの声が響いた。ハッと思ったときには、長い影が飛び出して、店主と男を纏めて蹴飛ばしてしまっていた。まだ客の残っている店内がざわめく。突然ふたりが吹っ飛んだのだ、驚くだろう。

 「直接蹴ってやっても良かったがな」

――なんでアバッキオがここに…。

  ふたりを吹っ飛ばしたのはムーディー・ブルースだった。スタンドをしまうと、アバッキオは唖然とする俺の横を素通りし、店主に居直った。

 「次、それを言ったらお前の面を蹴るって言ったよなァ? アァン?」
「も、申し訳ございません…ヒャッ!」
「もういい。次からは俺が来てやる。このまま営業を続けたかったら、言動には気を付けるんだなァ」

アバッキオは次に自ら蹴りをお見舞いすると、すぐ踵を返し、行くぞと囁いた。それを聞いて、思わず拳に力がこもった。

 ――なんで…ひとりで…やれるはずだったのに…。

 「おい、アレックス!!」

  アバッキオの呼ぶ声に、渋々後に続いた。

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